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瀬戸内海の島々 佐柳島編Ⅶ 離島まで

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瀬戸内海の島々 佐柳島編Ⅵ 長崎墓地
の続きです。

今回、猫をきっかけに訪れましたが、色々考えるところがあります。S_20140912_123626_2
佐柳島での滞在時間は5時間と短いですが、佐柳島のことを多く書こうと思った理由には、長崎のフェリー待合所にある資料を読んだというのが大きいです。
暑さをしのぎながら昼ごはんを食べるとき、フェリーを待つ時間はずっと読んでいました。
手作り感が満載ですが、凄いボリュームがあります。
古い写真もあり、昔はこういう感じだったんだなというのがよくわかります。
人口が少ないならではの、○○家のルーツも書かれております。
待合所には緊急連絡網があるのですが、そこに島民の方の名前が書かれていて、資料にかかれているルーツと見比べることができ、おもしろいです。


佐柳島はかつで経験したことのない、高齢化と過疎化の波に洗われています。
佐柳島では、この30年来子供の誕生がありません。
このままの状態が推移しますと、早晩、佐柳島は無人島になり、佐柳島の歴史は途絶えてしまいます。
父母や祖父母、遠くご先祖が「佐柳島」出身の方々に、伝えておかなければならないことがあります。
60歳以下の人たちが数名という未曽有の「限界集落」になっていることへの危機感から
粗雑ながら、佐柳島の事を何時までも語り継いで欲しく、拙い資料を作成しました。
いつの日か、先祖のルーツが知りたくなった末裔の方々や、子供や孫に生まれ育った「佐柳島」はどういう所であったのか、
適切に説明できる諸資料として参考にしていただければと思いながら記しています。
また、初めて「佐柳島」を訪れられた方々にとっての簡単なガイドになればとも思っています。
(原文ママ)



私は下線部の人間です。
色々なところに行きますが、なかなかこういう資料を現地で読むことはありません。


人が住む島としての佐柳島はいずれ消滅するかもわかりません。


この言葉はとても突き刺さるものがあります。S_s_dsc02852new3
短い滞在時間の間に、それを凄く感じていたからです。
本当にその時が訪れるような気がしています。
私は本浦から入ったので、長崎には佐柳島をある程度見てから行っています。
だからこそ、この資料がとても興味深く感じました。

無人島化した離島は日本に数多くあり、限界なのは佐柳島だけに限った話ではありません。
陸続きであっても廃村になっている箇所も多くあります。
だからこそ、「人が住む島としての佐柳島」の消滅が現実的なものとして感じられるのです。

一若者として書かせていただければ、一度外に出て、便利さを知ってしまったら元には戻れないかなというのが正直なところです。S_20140912_140404
働き口もなく、遊ぶところもなく、便が少ないフェリーに乗らなければ買い物にも行けない。
そこで子供を産んで育てろというのは無理がある。
繰り返しますけど、佐柳島に限った話ではありません。
人が住まなくても、歴史とか文化とかを存続、あるいは伝えていく方法を考えなければならないのかもしれません。
もの凄く難しいことだと思いますが・・・





でも、また来たいなと思っています。S_20140912_150421
小さい島だけど、まだ見ていないところもありますし。
古い建物ももっと見たいですね。
色々奥まで行ってみたいけど、さすがに厳しいかなぁ。


佐柳島に行った方は、長崎のフェリー待合所にある、佐柳島について書かれた資料を読みましょう!

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