« メロン記念日 | トップページ | 「努力したら報われる」Ⅱ »

「努力したら報われる」Ⅰ

こんばんは、ウコン茶です。

今日はおもしろいニュースを見つけたので、それを記事にしたいと思います。


「努力報われる」半数に満たず 格差拡大 大学生冷めた見方

「格差拡大」 これを言いたいだけなんとちゃうんかいというツッコミは置いておいて。
「自分は努力は報われる」と思います。
いや、違うな・・・正確には「努力が報われることもある」が正しい。
自分は文系じゃないんで、可能性があるという現実論にします(笑)
実は今回はこれを言いたいんじゃないんですよ。
この内容にも関わりますけど。
めっちゃ長くなりそうなんで、二部構成にすることにします。


結論から言いますと、「努力をしても覆せないものは絶対にある」ってことです。
それは今までの自分の経験から、確信していることです。
なぜそう思っているか・・・
それは自分が小さい頃にさかのぼります・・・


小学校の頃、自分はひたすら優秀でした。1114090717464
いい子だったし、勉強もめっちゃできてました。
常にクラス一位、二位のどちらかにいました。
5年、6年とかのときは、60点取っただけで職員室に呼び出されたほどです。
(確か理科の生物系のテストで60点くらい取って、先生から「どうしたの?あとで職員室においで」って言われたんですよ)
学級委員長、生徒会、なんたら委員長もこなし、選挙をすりゃ確実に受かる。
通信簿には「よくできました」(◎)ばかり。
授業が終われば図書館で推理小説を読み、借りるのに明け暮れ。
作文書いたら入賞して、ラジオで読んだり(絵はヘタクソだった)。
同姓異性問わず友達も多い。
おかげさまでマジクソモテ。
同級生、後輩問わず、バレンタインには相当な数のチョコをもらい、ラブレターはもらい。
ホワイトデーに返すのがかったるくて、放っておいたら親から怒られて、もらった人の家に一件一件配りに行ったっけ・・・
(実家の自分の机にラブレター残ってます。
こういうのって捨てられないじゃないですか。
その子は凄い色々考えて悩んで、一生懸命丁寧に一文字一文字書いてるんですもんね。
俺が受け取って「ありがとう」って言ってくれるのを信じて。
文字に凄い気持ちこもってるのがわかるから捨てられないんですよね。)

うむ、人生の頂点だった!!!
戻りたい!!!

頭の中そのままでいいから戻ってハーレム味わいたい!!

普通の公立小学校ですけどね。
そんな自分に「中学受験」の誘いが来るのは不思議ではありませんでした。

片田舎ですから、私立中学校はありません。
その代わりと言うのか、なんというのか「国立中学校」がありました。
教育大学附属中学校。
ここは地元でも頭のいい子が行くところでした。
定員は120名(40名×3クラス)。
これは少子化の今でも変わっていないようです。
120名募集してると思うでしょ?
違うんです。
ここは「附属幼稚園」「附属小学校」があるんです。
エスカレーター方式で80名分は自動で席が埋まるんですよ。
だから外部から入れる枠は40名しかない。
競争率は相当高いようです。
旭川市(近郊の市町村含む)全体から1校に受験しますし。
教育に熱心な親は見逃さないでしょう。

自分は6年の時に、友達からこう誘われました。
「一緒に附属中行ってみない?」と。
そういうことにまったく興味が無かったし、知らなかったのですが、
友達の誘いもあってなんとなく受けることにしました。
どうやら担任の先生もそういう心積もりでいたみたいですけど。
自分の小学校から10名くらい受けたんだっけかなぁ・・・
男子4名、女子6名くらい(学年全体で250名在籍くらいの頃です)。

言うまでもなく自分は受かりました。
受かると思ってたし。
男子3名のみ合格。
友達はなぜか落ちました。
女子は全滅。
なんか合格発表のあと、どこかの教室に集められて話あったっけ。
後で友達とこう約束しました。
「東高で会おう」と。
(東高というのは旭川で偏差値が一番高い高校のことです)
その約束は果たせないで終わります。
それはなぜか・・・

簡単に言えば落ちこぼれたから。
中学校ではクラス最下位近辺をうろつくようになったからです。
(友人よ・・・約束を果たせずすまない・・・)

附属中のことを悪く言うつもりはないってことを前置きしておきます。
それを踏まえて読んでください。
あそこはレベルの高い学校だし、生徒の質も高いと思います。

附属中では、「内部生」と「外部生」というのがありました。
多分今でもあります。
「内部生」というのは、附属幼稚園、附属小学校とエスカレーター式に上がってきた人のことを言います。
「外部生」はその逆。
40名の門に入ってきた、外部の小学校からの入学生を指します。
私は「外部生」。
親はそうでもないようですが、自分はこの差をあんまり感じていませんでした。
そもそもよくわかってなかったし。
クラスでそういうことを理由にしたイジメは全くありませんでした。
むしろ関係なくまとまってましたね。
特に男子は。
あのクラスという大きな集団でのまとまり様以上の連帯感は、いまだ感じたことがありません。
(これも金持ちの心の余裕が成せる技なのか・・・?)

「外部生」と「内部生」何が一番違うか。
そいつの生まれた環境ってやつです。
「内部生」は教育熱心な親が揃っているだけあって、金持ちの家が非常に多かったです。
(統計的に、教育熱心な親がいる世帯収入は平均レベルよりも高いことは明らかになっています)
家が医者ってのが圧倒的に多かった。
それから、○○会社(地元でも有数の企業)の社長の家とか。
対して「外部生」は一般的家庭が多かった。
自分も含めて、別に金持ちじゃない。
今も付き合いがある中学の頃の友人は「外部生」で一般家庭です。

クラスの中に半分か、それ以上かわかりませんが医者の子やら、社長の子やらいるんです。
対して俺なんて、当時「市営住宅」にいました。
一軒家じゃない、公営の住宅ですよ?

一つ今でも覚えていることがあります。
中二くらいの頃、何人かまとまって、ある友達の家に遊びに行くことになりました。
理由は確か、「NINTENDO64」をやりに行ったんだと記憶してます。
発売されてからそんなに時間経ってなくて、珍しかったのかもしれません。
当然ながら自分の家にはありません。
多分そのころまだスーパーファミコンやってたかも・・・
その友人は○○なんちゃら病院の院長の息子。
「旭川 ○○」で検索したらトップで出てきますよ。
地元でもとても有名な医院。
しかもなんだか今見たら、医療法人の理事長やってんじゃん・・・マジぱねぇし・・・

その友人のところに遊びに行ったときのカルチャーショックっぷりにはもう・・・
だから今でも覚えてるんだろうなぁ・・・

街の中に居を構え、その家は三階建て。
しかも玄関もめっちゃ広くて、テレビもありえないくらい大きかった。
ラブラドールを三匹飼っていて、一匹一匹に大きな犬小屋が置いてある。
シャッター付きの車庫が三個もあって。

車種は覚えてないですけどね。
家に入る前に上を見上げたのを覚えています。

市営住宅に居た自分にとって、「何これ?」って感じですよ。
こんなにも違うのかって。
当時私の両親とも共働きでした(今もそうですけど)
家に帰ったら誰もいなかった。
その人の家では母親は主婦だったみたいです(多分)
市営住宅は5階建てで、自分の家は4階。
下から見上げればそこにはたくさん人が住んでいる。
無機質な鉄筋マンション。
こっちは三階全部自分の家。
煌びやかな雰囲気を持ち、たくさんのものが周りに溢れている。

自分はこの違いにただただショックでした。
中学生でしたし、こういうことを真剣に考えていただわけではないです。
ですが、この「差」を受け止めるほど器量はありませんでした。
だから中学校の頃は自分の家に誰も呼んだことありません。
自分は行くだけ。

「環境の差」というものを中学生なりに感じて処理してたんだろうと思います。
落ちこぼれの自分なりに。



~一部終~

|

« メロン記念日 | トップページ | 「努力したら報われる」Ⅱ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

>けいすけ
そして彼らから感じる余裕ってやつはなんだろうね。
金がある人は心に余裕があるというか、おおらかといのか。
自然体に余裕があるっていうかさ。
真の金持ちってのは踏ん反り返らないって言うけど、まさにそうなんだよね。
清らかな水で育った人は、その清らかさが当たり前だから回りにひけらかしたりしない。
愕然とさせられるわ。

投稿: ウコン茶 | 2009/08/21 20:45

>(^ω^;)さん
努力の定義ってやつだね。
努力ってのは「辛いことや嫌なことでも頑張って精進する」って感じに捕えられがちで、
人によって基準が違うのは間違いないよね。
仕事でも嫌だけどやっている人か、それとも好きで熱中している人では違う。
努力をしている人は熱中している人を超えられないと俺は思う。
意思が違うから。
もうスタートラインが違っている気がする。

投稿: ウコン茶 | 2009/08/21 20:36

>Rフェチ
そういや会長そんなん言ってたね。
あれはいい言葉だ。
可能性ってやつですなぁ・・・
ま、やっていくしかないか。

投稿: ウコン茶 | 2009/08/21 20:29

俺も旭川のでかい病院の娘と知り合いだけど、家の違いってのを見せ付けられたわ。
KO高校→大学に行ったはずだが、今はなにしてるかしらん。

投稿: けいすけくん | 2009/08/21 07:42

結局何が言いたいのかわからないな(^ω^;)
努力が報われない(正確には報われないこともある)のは当たり前だと思うが(^ω^;)
自分の能力を超える成果は残せないわけだし、
求められた結果にそれが満たなければ報われないということになる(^ω^;)
報われた・報われないの判断基準も人それぞれ違うわけだし、
記事の内容は全く参考にならないね(^ω^;)
たとえば過去のデータと比較し、努力は報われると感じている人の割合と
経済情勢との間に相関があるのかどうか、それを研究したのであれば
何かの参考にはなると思うけど(^ω^;)

投稿: ヒュンダイバンダイ松尾伴内 | 2009/08/21 02:53

「努力が報われることもある」と「努力をしても覆せないものは絶対にある」
この辺同意だな。

はじめの一歩の、鴨川のジーサンのセリフで(鷹村vsブライアンホークの所)
「努力した者が全て報われるとは限らん、しかし成功したものは皆すべからく努力しておる」
ここの部分に凄い共感したぜ。
落ちこぼれなりに、その環境で努力していくしかないよな と思う俺ガイル。

投稿: Rフェチ | 2009/08/20 23:49

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/539762/45982460

この記事へのトラックバック一覧です: 「努力したら報われる」Ⅰ:

« メロン記念日 | トップページ | 「努力したら報われる」Ⅱ »